1ドル=360円時代の洋酒、手漕ぎボート、唐津くんちの歴史…託された人生の宝物

人生の晩年を迎えたところで、やり残したことがないように、また遺された人たちに迷惑をかけないように準備する「終活」。特にモノが多い場合は、その処分をどうするか、生前に頭を悩ませることもあるだろう。最近、3件の終活にかかわることになったという、ネットニュース編集者の中川淳一郎氏(52)が、高齢者の終活にかける思いをレポートする。

「僕の釣り道具を引き取ってもらえないかね」

最近、3件の終活にかかわりました。1人目は、私が住む佐賀県唐津市の隣の多久市の92歳・ブドウ農家男性・Aさんです。私がコラムを連載している佐賀新聞経由で連絡が来て、一度会いたいとのこと。すぐに連絡を取ってその数日後、多久まで行きブドウをたくさんいただきました。どうも、私の週刊新潮連載(当時)と佐賀新聞連載が好きで、興味を持っていただいたようです。

初対面のこの日、ブドウを収穫をした後は家の中に入ってそれまでの人生を聞いたのですが、非常に元気で怪気炎をあげる。

「僕が作ったブドウの方が後継ぎの息子が作るブドウより圧倒的にウマい。息子にはこの域に達してほしい。さらに、ウチには孫もブドウ作りを継いでくれるようですから安泰です」(Aさん)

息子さんが作るブドウも十分おいしかったのですが、確かにこのおじいさんの作るブドウの方が糖度が高く、デザートとしては優れているように感じました。この日、私を気に入ってくれたのか、そして普段の私の文章から釣りが好きなのを知っているのか、こう言ってきました。

「僕は唐津まで毎週釣りに行っていたけど、もう運転も無理だし、釣りもできない。あなたは釣りをすると文章で書いていたけど、僕の釣り道具を引き取ってもらえないかね」

本当にもうやらないのか念押しをしたら「もう絶対にやらない。あなたに託したい。これは僕の終活の一環です」と言う。なぜ初対面の男にそこまでやってくれるか、とは思ったのですが、彼の強い目力からその本気さを感じ、年季の入った釣り竿と道具をありがたくいただいてその日は帰ったのでした。

その3ヶ月後に再び電話が来て、なにかと思えば、1ドル=360円の時代に海外や空港の免税店で大量に購入したブランデーがあるのでそれを引き取ってくれ、と言う。実際にお宅を訪れると30本ほどの洋酒がありました。当時はかなり貴重なものだったろうから、その思い入れの強さもうかがえます。全部持っていくように言われたのですが、同行した友人と目を合わせました。我々が考えていることは同じです。友人はこう言いました。

「いや、今日は3本だけもらって帰り、我々の『秘密基地』にて皆で飲みます。終わったらまた連絡をしますので、その時にまた3本ください。ゆっくりと時間をかけてお酒はもらいに来ます」

以来、洋酒がカラになったら多久まで通うようになりました。

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